リタイアを決断し、目下実践中なのだが・・・
これが意外に思いつき、行き当たりばったりじゃない証拠をお見せしよう(笑)
大昔、まだかわいい大学生だった頃・・・
卒業のため、無駄に長い卒業論文なるものを作成しなければならなかった。
まだパソコンどころかワープロもない時代・・・
すべて原稿用紙に手書きだ!たしか半分は引用で切り抜けたっけ(^^;)
オレが選んだテーマは「労働と余暇」
もし、採用面接で卒論を持ってきなさいと言われたら、絶対受からなかっただろうww
自己を犠牲にし、土日も返上し、身を粉にして働いてほしい企業への反逆的テーマだからね~(笑)
あまり詳しく内容は覚えてないけど(笑)、
人類がまだ非文明だった頃は、労働の比率が大半をしめており、豊かになるに比例して余暇時間が増えていった。
学校schoolの語源はたしかギリシャ語の暇から来ている。
つまり、労働から解放されて暇な時間ができたから学校にいけるのであって、暇がない人は学校なんていけないってこと。これは今でもそうだね。
地球上には学校に行けない子供たちがたくさんいる。日本人は当たり前だと思っているかもしれないけど、かなり恵まれているだんぜ。20歳くらいまでずっと働かず学校いけるんだからね。
まあ、結論は、余暇の考え方は産業革命以降のヨーロッパがダントツに進んでいて、近い将来労働時間は1000時間くらいまで圧縮されるんじゃないか?みたいなこと提言したような内容だったかも(^^;) たぶん(笑)
つまり、日本の会社はもっと労働者に休暇が取れるようにしろよ!って言いたかったみたいだね(笑)
さて、純粋な少年はそのあと無事就職したらしい~(^^)v
まだ就職したばかりの時、配属された部署の上司がたまたま運動家だったみたいで、嫌だったのに強制的に、労働組合の執行部にされてしまった。
まあ単なる頭数合わせでしかないんだけど、春闘とかでカッコ悪い頭にハチマキとかさせられて、団交だ~とか言って、帰りたいのに帰らせてもらえない日々が辛かった。
ベースアップ〇〇円!だとか、賃上げ交渉っていうの?まったく興味なかった。
ある日、経営側と差しで話す機会があってね。
この頃の会社はまだ小さな組織でね、経営側と労働者側といっても、仲がいいファミリー的な雰囲気だった。
オレの上司もいっしょに隣にいてね。
〇〇さん、わたしはね、実は賃上げなんてぜんぜん興味ないんですよ~
(うちの会社はトップでも〇〇さんとフレンドリーに呼んでいた)
となりでオレの上司がびっくりして、何言ってんだこのやろう~みたいな顔してた(笑)
法定休日だとか、いろいろ難しい枠もあるけど、わたしは2か月でも3か月でも、一日も休まず仕事してもいいんです。その代わり、その分の休日数が貯められて、一気に1か月とか2か月とか長期休めるようにはならないもんですかね~?
賃金と休日数の関係は、固定給であれば、賃上げといっしょでしょ?
仕事効率上げて休日数増やせば、実質賃上げと同じじゃないですか~!
みたいな話をした覚えがある。(まあ相手にもされなかったが・・笑)
退職するころには数回の合併を繰り返し、結構大きな企業になっていたが、この時期はとてもほのぼのとしていい思い出である。
ちょっと脱線するが、企業は規模が大きければいいっていうものではない。
どう成長してきたのかの過程が重要だ。
合併というのは、足し算によって規模が大きくなっただけであって、こつこつと努力によって会社を成長させていったのとは全然違う。
それこそ戦国時代のような成長とは真逆な権力争いを繰り返す、えげつない世界も沢山見てきた。先輩方も多く辞めていった。まあそれも今ではいい経験だ(笑)
まあちょっと支離滅裂になってしまったので、そろそろお開きにしよう。
仕事漬けの人生を否定するわけではないけど、労働と余暇のバランスは、豊かな人生にとても大切って思う。
晩年、歳とってきたら、なおさらだ。
こうして振り返ってみると、若いときは頑張って頑張って、将来はいろいろなことにチャレンジする自由を得ようと若い時から考えてきたんだな~って改めて思った。
ちゃんと意思をもって生きてるじゃん!オレ(笑)
お後がよろしいようで・・・・wwwww